第 14 号
若者の声

 最近、若年層についての話題を耳にすることが多くなった。犯罪の低年齢化、学級崩壊、家庭内暴力、いじめ、不登校、プチ家出、深夜徘徊etc…さらに細かく言えば、無責任、他者依存、わがまま、自分勝手等々。このようにいくらでも批判材料は出てくる。そしてかくいう私も、そのような批判を受けながら育った者である。世の中は批判に満ちているといえそうだ。

 私の好きな言葉の一つに『和』というものがある。これは“和をもって尊しとなす”の和であり、また、世界に誇れる日本独自の伝統でもあると考えている。

 少し前に『ファジー』という言葉が流行ったのだが、この言葉には、何か釈然としないものがあったことを憶えている。集団で行動をする時、皆がそれぞれに異なった考え方や能力を有するにも関わらず、いうなれば同じ土俵の上に立たせ、何かしらの『差』が発生したとき、「まあ、まあ」的に問題を解決することがよくあった。このような性質をして、日本であるというような論調を『ファジー』という言葉に置き換えていたように思え、何か釈然としない感情にさいなまされていたものだった。

 私が考える『和』とは、『ファジー』とは本質からして全く違うものである。時代の流れと共に生み出された、言わば、全体意識を良として、それに合わせるための手段としての『ファジー』であり、時代の流れと共に生み出された、言わば、個人意識を良として、それを繋ぎ合せるための手段としての『和』である。“保つファジーと作る和”この差は大きいと考える。

 よく、「昔は良かった」というような言葉を聞くのだが、それも一理あると思う。近年、様々な時代背景の中、日本は高度経済成長を遂げたわけだが、その前後で、人々の生活形態に大きな変化がもたらされた。都市化、核家族化、少子化、大量消費化、均一化、高度情報化、個人化等々であろう。これらの結果として起こる問題を指して、「昔は良かった」という発言に至るのであろうか。

 少し話がそれるが、私の家には母屋がある。これは、約40年程前に私の祖父が建てたものなのだが、聞いたところによると、祖父本人が家を建てたらしい。家の建築にあたっては、近所の左官屋、大工、水道屋、電気屋さん等と協力し合い、皆で家を建てたらしいのだが、今では考えられないことであろう。

 現在でも、農村部の生活形態については、上記の家の話に通じるところがある。たいていの農家は、地域と何らかの関わりを持ちながら農業を営んでいる。もちろん、昔と比べると、機械化が進んだことで、個人でできることが多くはなったようだが、それでも地域とのつながりは深いようだ。

 昔は、共同で何かをするという場面が必然的に生じており、それをするにあたり、それぞれがそれぞれの役割に応じて、責任の範囲で行動を起こしていたようである。その結果として、皆が自発的な生を営み、また地域に調和が生まれていたのであろうか。それをして「昔は良かった」に繋がるといえるのではないだろうか。

 改めて言うが、私は『和』という言葉が好きである。そして、“和を作る“とは、”共同で何かを成す“というふうに解釈している。その中で、各々が役割分担し合い、能力に応じて、できることから行動に移していく。その何かというのは何でもいいのである。兄弟で模型を作ることでも、家族でキャンプに行くことでも、地域で祭を盛りたてていくことでも、会社を大きくすることでも、音楽祭を成功させることでも、家庭を上手く築き上げることでも・・・。

 初めの話であるが、“世の中は批判に満ちている”ことを、私は悲しく思う。何が正しくて、何が悪いかなんて、いったい誰が判断できるというのであろうか。そのように、批判が批判に終わってしまうから、社会は排他的になってしまうのではないだろうか。人々がそんなだから色んな問題が生じてしまうのではないだろうか。批判の矛先を『わかもの』に向ける者こそが、己を正すべきだと言いたい。

 最後に「ウダウダ文句言うんやったらなんかせいや。なんもせんのやったらウダウダ文句言
     うなや。」

平成14年10月
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