第 185 号
徳島県・賀川豊彦記念館・阿波十郎兵衛屋敷・阿波木偶人形会館訪問
 平成22年を迎え、今年最初の偉人館巡りに1月16日(土)徳島県 鳴門市賀川豊彦会館、徳島市 阿波十郎兵衛屋敷、阿波木偶人形会館を訪問しました。私はこの3件とも2度目の訪問でした、賀川豊彦記念館は、偶然にも平成19年に訪問しましたが、平成19年・22年とも年初めの偉人館巡りとして訪問していました、偶然とはいえ不思議な感じがします・・・。

 朝9:30に塾を出発し、鳴門市 賀川豊彦記念館に向いました。前回訪問した際、自分の感じた事を記事に残していますが、賀川豊彦氏は、1888(明治21)年、賀川純一氏の子として神戸で生まれ、父・純一氏は徳島県における自由民権運動創始者の1人、元老院権少書記官・徳島県行政府の長官を務め、神戸で海運業を営んでいました。豊彦氏は4歳で両親を失い、1893(明治26)年、父の本家である現鳴門市大麻町東馬詰の賀川家に引き取られ、賀川家は先代が組頭庄屋で藍商・富農でした。賀川豊彦氏の学歴では、1900(明治33)年、堀江高等小学校(現堀江南小学校)卒業。1905(明治38)年、徳島中学校卒業しましたが、中学校時代に、トルストイ、ラスキンやキリスト教社会主義者の著書を耽読、非暴力・反戦・平和主義の思想を抱き、キリスト教宣教師のスローガン、マヤス両師の影響で、1904(明治37)年、中学4年時に洗礼を受けたされています。同年賀川家は父の海運業を継いだ長兄の事業失敗で破産、家産のすべてを失いました。一時叔父・森六郎の保護を受けたが、明治学院高等部神学科に入学した事から、叔父に学資を絶たれ、マヤス師の庇護を受けました。1907(明治40)年、明治学院予科卒業後神戸神学校に進んだが、その間激しい勉学の為、結核が悪化し数度死の淵をさまよったそうですが、貧しい人々への奉仕に命を捧げることを決意し、スラムに入りました。
 賀川豊彦氏は、友愛・互助・平和を求めて闘った世界の偉人として、現代に語り継がれている偉大な方ですが・・・。
『・近代日本における代表的社会運動家(労働者・農民等の権利獲得運動・普通選挙運動等)・社会的弱者の救済活動(スラムの住民・子供・女性・病者等)・協同組合運動の父(生協・農協・漁協・医療生協・信用組合等)・ボランティア活動の先駆者(震災・風水害・飢饉・戦災時の救援等)・世界平和運動の推進(非暴力・反戦・世界連邦運動等)・教育普及活動の推進(労働者・農民・子供等のための教育活動)・精神復興運動の推進(神の国運動・新日本建設キリスト運動・世界伝道等)・幅広い著者活動(小説・詩・評論・論文・童話等)』(賀川豊彦記念館資料参考)以上が豊彦氏の主な活動です。

 豊彦氏は、ワシントン大聖堂に賀川豊彦氏の像もあり、日本国だけではなく、世界の人々の平和を求め様々な事に目を向け、またそれを成し遂げています。豊彦氏は、日本だけではなく、世界の人物として功績を語り継がれていく偉大な方とも言えると痛感しました。主な活動として淡々と述べていますが、皆さんも是非、記念館に足を運び、自分の目で観て賀川豊彦氏の様々な活動を詳しく知って欲しいと思います。

 次に徳島市に入り、阿波十郎兵衛屋敷・阿波木偶人形会館を訪問。両館の建物は道路を挟んで近所隣りにあります。両館とも2度目になりますが、阿波十郎兵衛屋敷では、前回訪問した時と屋敷内が整備されていました。阿波十郎兵衛屋敷は、1698年に罪状も明らかにされないまま藩の政策上犠牲となって処刑された庄屋、坂東十郎兵衛の名を借りて、お家騒動の物語に仕立てたものと言われていて、阿波十郎兵衛屋敷は坂東十郎兵衛の屋敷跡で「傾城阿波の鳴門」のゆかりの場所だそうです。またこの屋敷では、国の重要無形民俗文化財「阿波人形浄瑠璃」を毎日上演しています。屋敷内は、阿波人形浄瑠璃で使われる木偶人形や衣装などを展示していて、屋敷内には庭園もあり、坂東十郎兵衛の築庭にかかる純日本式の庭園で「鶴亀の庭」と称されていて、昔ながらの練塀に囲まれて、黒松と自然石が巧みに配置されています。庭を望む母屋は、小松島市の藍商の屋敷から移築したものだそうです。この日は、阿波人形浄瑠璃上演が2時から始まると言う事で、少し待ち時間がありましたがせっかくなので上演も観ました。阿波人形浄瑠璃の特色は、義太夫節の浄瑠璃・太棹の三味線・3人遣いの人形の三者で演じる人形芝居で、徳島が全国に誇る伝統芸能として現在まで受け継がれています。

       

 阿波人形浄瑠璃上演を見た後、阿波木偶人形会館へ訪問。館内では・浄瑠璃人形の総合展示・人形頭 制作課程の詳しい説明・人形頭カラクリの仕掛け等、まず館内に入ると、徳島市文化協会会長・人形健後援会会長 春名完二氏から人形頭の制作課程を丁寧に説明して下さいました。人形頭の課程を説明して下さる時折、作品を実際に手に取り、触るなどして説明をして下さいました。木から人形へ変化していく過程、一体の人形の表情、また手の動きと、そのカラクリには驚きを隠せませんでした。また館内に展示してある木偶人形を観て廻っていると、いまにも語り掛けてくるような、目を見ていると、何と言うか目が透きとおっていて、人の目のように感じ、じっと見つめていると吸い込まれそうな感じがしてちょっとゾク!とした感覚を今では思い出します。館内は撮影禁止になっていましたので、最後に記念撮影として設けられた所で記念撮影をして塾へと帰りました。
平成22年1月16日
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