第 300 号
岡山県・高梁市訪問“ 地域活性化問題 ”
 111819日、岡山県・高梁市に行きました。思えば、約10年程前になりますが、人間論ゼミ・森 泰伯氏から山田方谷をより多くの方に知ってもらう為、又高梁市活性化の為、どのようにしたら良いものか?、と相談を受け何度か高梁市へ訪問していました。以前、訪問した際には地域活動をしておられる方々と地域活性化の為の意見交換をさせて頂いておりましたが、何度か訪問した後、約10年程経っていました。その後の高梁市はどうなっているのか …? 塾でも何度か高梁市の活性化について話が出ていました。訪問する際、日帰りでは限られた時間しかない為、1泊し、再度高梁市の街や観光地をゆっくり見学して、その夜じっくり話し合いの時間にしようと、森氏と連絡をとり高梁市を訪問する事になりましたが、何度か訪問をし私たちなりに高梁市を見ているので、今回は、高梁市活性化問題について、1.観光人口 2.少子化問題 3.今後の方向性 4.以上3点の問題解決策と題し、活性化問題の議題を森氏に伝え、また、平成245月に高梁市が「都市ビジョン」と題し、都市計画されている資料を持参しました。

 高梁市は、四方を山に囲まれた盆地に広がり、山間の『小京都』としても知られ歴史ある街、又史跡や数々の文化財が残る場所、そして陽明学者『山田方谷』先生の出身地。また有名な邦画のロケ地としても使われている街です。高梁市の4年前に都市ビジョンと作成された資料内容にも・活かすべき地域資源として・山と川に囲まれた豊かな自然と良好な環境 ・城下町の歴史的資産 ・伝統芸能・生活文化 ・教育の伝統と大学の知的資源、と説明されており、毎年多くの観光客が訪れると書かれていたので、以前訪問させて頂いた時より良い方向に変わっているだろうと思い観光地を訪問しました。

      

 以前訪問時の自分の記事に「陽明学の先駆者山田方谷の史跡、観光資源が私の町に比べうらやましく思い、又これだけの町に何故観光客が少ないのか不思議でした」と書いていましたが、残念ながら今回も同じでした。また「日本の道100選」にも選ばれ、美しい歴史的町並み景観が形成されていても、観光客が訪れた時の駐車場や案内になるような目印が無く前回同様不便でした。感想として、街に点在する史跡・文化財は貴重です。ですが、美しい町並みが形成されていても、貴重な史跡・文化財が点在していても、訪れる人々を迎い入れてくれる街の人々の姿勢がなければ駄目だと思います。他県の観光地を比べてはいけないと思いますが、現在の史跡の保存状態が良くても、訪れた観光客や一般の人々が楽しめて“ また来たい ”と思わせなくてはならない。実際に、一つ目のお土産店ではそれなりの接客が有ったものの、次のお土産店では接客がゼロの対応はどうでしょう…?
 観光資源・地域資源を活かし、活性化に向けて取り組むと同時に、高梁市地域全体の人々が、他の地域の人々、そして観光客を受け入れる人づくりをしないといけないのではと思いました。次回、何時頃になるのかはわかりませんが、訪問した際、街の人々の雰囲気、また、観光地が温かみのある場所に少しでも変わっている事を願いたいです。

 2日目、再度中心地の町並みを探索しました。ホテルを出て町並みを探索するのに、高梁市郷土資料館「旧高梁尋常高等小学校本館」へ向かいました。何度も訪問していましたが、初めて訪問します。
 高梁尋常高等小学校は、明治37年に建設され木造2階建ての校舎です。明治期の代表的建造物であることから市の重要文化財に指定されました。現在は、高梁市郷土資料館として活用されていて館内には、江戸時代から昭和初期にかけての生活用具等3,000点が展示公開されています。残念ながら資料館内は撮影禁止でした。展示物を見て回りましたが、建物そのものは小学校の建物、入口を通ると、当時の職員室があり、各部屋は教室にあたります。2階へ上がると天井が高く、天井の梁が見事で驚きました。後で受付の人に聞くと、2階は講堂で、天井は桃山風の二重折り上げ格天井になっています。
 次に向かったのは、備中松山城へ。私たちは何度か行った事はあるのですが、同行していた塾生が初めで、天候が良ければ下からでも眺められる場所があり、上がらなくても近くまでという事で向かいました。備中松山城は、途中の成見橋公園の駐車場に車を駐車しシャトルバスに乗り換えです。天候が良ければ下から眺められるのですが、残念な事にこの日は天候が悪く雨で少し霧が出ていたので無理でした。成見橋公園駐車場からその上のふいご峠駐車場まで行けば松山城の天守までは徒歩20分で行けますので、ふいご峠まで行けばよかったのですが、シャトルバスが運行しているので上がれない為、次回訪れた時にじっくり見学して頂く事になりました。

 次に向かおうとした場所は、中心地の町並みを再度探索。ですが、上記にも感想として書きましたが、駐車場が解りにくく、後方から来る地元らしき車にあおられながらグルリと一週町並みを徐行し駐車場を見つけました。車を止めて、商家資料館へ向かいます。道中古い商家の並ぶ通りが残っていて、道中古い面影を残す醤油店を横目に商家資料館へ。
 今回宿泊したホテルに観光マップがあったのでそのマップを見ながら見学をする事にしたので、商家資料館と載っていましたが、商家資料館は、入口には古い池上醤油醸造元・池上邸という看板が掛けられていて、入口を入ると資料館ではなく休憩所…? 確かに昔のままで残ってはいたものの・・・?です。後に調べて解ったのですが、池上邸建物を残し平成2411月からは無料休憩所として公開していていました。
 休憩所を出て、来た道を戻り「日本の道100選」にも選ばれている紺屋川筋の通りに観光物産館があったので立ち寄る事にしました。ここでもやはりがっかりする出来事がありました。中へ入ると「いらっしゃいませ」の挨拶が無ければ、接客応対もゼロでした。店内の居心地が悪く早々店を出てしまいました。
しばし紺屋川を眺め帰る事にしました

     

 帰るはずだったのですが時間が早かった為、倉敷美観地区に寄る事に。倉敷美観地区は川沿いに塗屋造りの町家や白壁土蔵造りを中心とした町並みが形成されていますが、やはり活気の違いに驚きました。高梁市の地域活動をしている方々が、他県の観光地に出向き自分の地域及び観光地に何が必要で、何が足りないのか考えなくてはならないのでは、観光資源・地域資源を活かし、活性化に向けて取り組むと同時に、高梁市地域全体の人々が、他の地域の人々、そして観光客を受け入れる姿勢、を改めて考えさせられるほどの違いが倉敷美観地区にはありました。今回は、地域活性化について高梁市を訪問したのですが、帰り道美観地区に寄る事で、高梁市と倉敷市の違いを実感しました。

平成28年11月19日
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