第 98 号
岡山県高梁市探索
 平成18年8月19日(土)に岡山県高梁市を訪問しました。今回の訪問に至った経緯は、衆議院議員小野晋也代議士の勉強会である「岡山OAKTREEフォレスト」のお世話をされている高梁市ご出身で、現在は岡山市に在住されている森氏から、当四国政経塾の大和田塾頭に「高梁市を何とかしたい」とのご相談があり、それでは塾生で一度、高梁市を訪問してみようと言うことになり、現地に向かいました。

 高梁市には、備中松山藩の財政を立て直した陽明学者の「山田方谷」という偉人がいました。陽明学とは、儒学の一つであり、人のために生きるための精神論・行動論を学ぶ学問です。森氏は山田方谷先生を熱心に研究されており、山田方谷先生が行った藩政改革の考え方は、現在の社会にも十分通用することや、高梁市が生んだ偉人である山田方谷先生の教えと共に、何とか高梁市をもっと注目の浴びる地域にしていきたいとの思いであります。微力ながら私ども塾生としても、現地に赴き何かお手伝いが出来るのではないかと言う事で、実際に高梁市を探索してみることにしました。



 岡山県高梁市は、平成16年10月に高梁市、有漢町、成羽町、川上町、備中町が合併し、新「高梁市」となった人口約4万1千人の街です。今回は高速道路を車で向かい、瀬戸中央道から山陽道を経由し、岡山自動車道の賀陽インターを下車し、高梁市へと入りました。のどかな田園風景と山間の道を抜けると、山の頂上に観光案内版があり、高台から高梁市を一望することが出来ます。ただ、間伐がされておらず、木で見えない状態なのが残念でした。全国に小京都と言われるところが沢山ありますが、高梁市もその一つで、京都と同じく周囲を山々に囲まれた盆地の中に街が形成されています。

 到着早々に、高梁市で地域興し活動のリーダーである松下氏をご紹介頂き、森氏と共にご面談し、高梁市の見所や今後の取り組みについて、意見交換を行った後にお勧めコースを探索に出かけました。まず向かったのは、吹屋ふるさと村の町並みです。ここは、かつて銅鉱の鉱山とベンガラ(赤色顔料)で栄えた街で、国選定重要伝統的建造物群保存地域の指定を受けていて、昔の町並みが実によく保存されており、当時の時代にタイムスリップしたような懐かしさを感じる場所です。町並みの中に郷土館やベンガラの老舗であった片山邸なども一般公開されています。驚いたのは、ここは新居浜の別子銅山とも深い縁のある場所で、住友銅山で有名な新居浜の伊庭貞剛も訪れていたとのことでした。近くには吹屋小学校があり、木造建築では一番古いといわれている小学校が今も使われていて、外観だけではありましたが、実に情緒溢れる建造遺産であると思いました。少し離れた所に広兼邸(当時の庄屋で銅山とベンガラで巨大な富を築く)があります。下から見上げる石垣は、まるで天守閣を思わせるような立派なものであり、八つ墓村のロケ地にもなって全国放映されたところです。市内に戻り藩校であった有終館跡や(現在は幼稚園)岡山県最古のキリスト教会や、武家屋敷跡や商家跡の町並みを歩きました。夕刻に国指定名勝の小堀遠州作の庭園がある頼久寺に立ち寄りました。実に心地よい庭園で、しばし見つめながら古の思いにふけりました。ここのすぐ横に山田方谷先生が住んでいたという家がありましたが、石碑でのみうかがい知ることが出来ます。夕刻6時過ぎまで探索をしましたが、時間が足らず、全てを回りじっくり見ることは出来なかったのが残念ですが、今回高梁市を訪れて感じたことは、実に沢山の文化歴史遺産が残された地域であると言うことです。また、映画等のメディアにも注目の地で、先に紹介した「八つ墓村」や山田洋二監督の有名な「寅さん」、最近では俳優織田雄二主演の「県庁の星」などのロケ地にもなっています。映画評論家で有名な水野晴夫さんも、ここ高梁市の出身です。これだけの史跡やメディアとの関連があれば、全国にもっとアピール出来るのではないかと思いました。ネックになっているのは、やはり高梁市の市民の皆さんが如何に地元を知っているかという事ではないでしょうか?!森氏もおっしゃっていましたが、高梁市に住んでいる人が、高梁市の魅力や財産に気が付いていないのではないかということです。これは、高梁市だけの問題ではなく、どこにいても自分の住んでいるところの魅力に気付いていない人達が多い言うことなのです。これは、一人一人の気持ちの問題であり、まさしく今の時代に、自分さえ良ければと言う人が増えたことと多いに関係しているのではないだろうかと思った次第です。今回の課題の中では、山田方谷の史跡を見つけることもありましたが、残念ながら時間の関係もあり、今回の訪問ではその問題にたどり着くには至りませんでした。高梁市の問題に限らず、地域興しを行う上で山田方谷先生の教え、つまりは人のための生きるという陽明学や朱子学と言った儒学が、今の時代に生きる人達に必要でないかと思いました。ここ高梁市にはそれを感じれるものがあると思います。私自身、ここ高梁市において行われた山田方谷生誕200年記念フォーラムで、大きな人生の転換を感じた一人であります。今後は再度街の探索を行い、具体的なご提案が出来るようにしたいと思います。この度の訪問では、森氏をはじめ訪問先で出会いました多くの方にお世話になり、心より感謝申し上げます、今後とも共に交流と議論を深めて参りたいと思いますので、よろしくお願い申し上げます。
平成18年8月19日
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