人としての「道」


 人は生まれて来るには、自ずとこの世で果たす役目が有る、此の役目を果たす為に人其々の歩む道が有ります、人は地位や境遇を自分本の道と心得て、適切な行動し、順境にあっても、逆境あっても。いかなる境遇にあっても、命を知り主座を保つことが大事で有る、地位や名が得られないことを思い煩うのでなく、その地位に立つに足りる力を持っているのかをにかけるべきで、自分が認められないことを嘆かず、人に認められるだけのことをやろうと努め、人格や能力を養わなければならない、まわりがどんなに才能や魅力にあふれている人がいようと、落ちむことなく、自分の信じた道をんでいくしかない。そして、正しいと信じた道を愚直に進むしかない。結局、腹をすえて、いかなる況にあろうとも自分にえられた「今」を生きていくしかありません。
 松下幸之助の「道」と題した詩を参考に其の時の場面に応じて、それぞれの道を一しっかりとんで行きましょう

                 松下幸之助

 自分には自分にえられた道がある。
 の尊い道がある。
 どんな道かは知らないが、ほかの人にはめない。
 自分だけしかめない、二度とめぬかけがいのないこの道。
 い時もある。せまい時もある。のぼりもあればくだりもある。
 とした時もあれば、かきわけかきわけ汗する時もある。
 この道が果たしてよいのかいのか、思案にあまる時もあろう。
 なぐさめを求めたくなる時もあろう。
 しかし、所詮はこの道しかないのではないか。
 あきらめろと言うのではない。
 いま立っているこの道、いまんでいるこの道、ともかくもこの道を休まずむこ
 とである。
 自分だけしかめない大事な道ではないか。
 自分だけにえられているかけがいのないこの道で
 はないか。
 他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくん
 でいても、道はすこしもひらけない。
 道をひらくためには、まずまねばならぬ。
 心を定め、懸命にまねばならぬ。
 それがたとえ遠い道のように思えても、休まず
 姿からは必ず新たな道がひらけてくる。
 深い喜びも生まれてくる。

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